はじめに

JCCE(John Cage Countdown Event 実行委員会)は、20世紀の芸術思潮に大きな影響を与えた作曲家ジョン・ケージ(1912-1992)の音楽や思想を現在の視点から再考し、それぞれの活動に活かそうとする様々な分野の有志によって、2007年に発足しました。その主な活動として“John Cage 100th Anniversary Countdown Event 2007-2012”と題したコンサートやワークショップなどを、6年間にわたり継続的に企画・開催してきました。

ジョン・ケージ生誕100周年である2012年は、京都芸術センター / フリースペース(1F)・講堂(2F)に於いて2日間に渡り、このプロジェクトの集大成として“John Cage 100th Anniversary Countdown Event 2007‒2012 / FINAL”を公演しました。

2012年のコンサートのフライヤー

John Cage 100th Anniversary Countdown Event 2012
/ FINAL

2012年11月3日(土),2012年11月4日(日) / 京都芸術センター

[主催]
John Cage Countdown Event 実行委員会 (JCCE)
[共催]
京都芸術センター
[助成]
公益財団法人 朝日新聞文化財団
[協力]
佐野竜太, 坪倉弘忠
Variations VI (1966)
この曲の楽譜は透明フィルムに印刷された12の線分、38の三角形、57のT字形、114の半円、長辺に平行する1本の長い線が中央に引かれたレターサイズの紙、これらの操作に関する指示書から成る。透明フィルム上の三角形はスピーカー、T字形はアンプ等を含む音響機材、半円は音源を表し、すべて個別に切り離した上で、それぞれ実際の演奏に利用出来る要素の数に合わせて確保する。12の線分も個別に切り離し、他の要素と併せて1本の線が引かれた紙の上に無意のまま落とすことで偶然の配置を得る。ここから演奏において実現すべき複数の音響システムに関する構成と展開および操作の傾向を読み取って行く。演奏者が複数の場合は各自個別に楽譜を操作して読み取り、それぞれの条件に応じた演奏計画を立てる。また特に演奏の開始と終了は曖昧にするよう指示されている。なおこの曲はアメリカでの前衛思潮に参加/貢献したウィリアム/ノーマ・コプリー夫妻に捧げられている。
A Valentine Out of Season (1944)
第二次世界大戦下で書かれた3楽章構成のプリペアド・ピアノ曲。当時の妻ゼニアに捧げられたが、二人はその翌年に離婚した。1949年にマース・カニングハムがダンスを振り付けている(Effusions avant l'heure / Games / Trio)。
Ryoanji (1983)
白砂の上に十五の石を配置した龍安寺の石庭に対して、ケージは特別な関心を寄せていた。それはまず、『R=Ryoanji』と題された一連のドローイングとして具体化され、次いで楽曲としての『Ryoanji』が作られた。楽譜はドローイングにも用いられた15個の石の断片的な輪郭線によって構成され、演奏者はそこから持続音の上昇と下降を読み取る。部分的に現れる複数の線の重なりは録音などによって実現される。それと平行して、時折休符を挟みながら一定の間隔で同時に打ち続けられる二種類の打楽器は、石を取り巻く白砂をあらわす。今回の演奏では声楽用の楽譜を三味線の弓奏に用いている。
One3 (1989)
この曲はナンバー・ピースにおける例外としてタイム・ブラケットをまったく持たず、また特に『4’33”』および『0’00”』と深い関連性を持つ。演奏者は会場に設置したマイクとスピーカーの間にフィードバックが発生する境界付近で信号の増幅率を調整する。会場内で生じたあらゆる音や変化がこのシステムに作用する。
In a Landscape (1948)
曲全体を包み込む霞のような残響音が美しいピアノ小品。ハープでも演奏される。Louise Lippoldのダンスのために作曲され、リズムは15×15の平方根構造に基づき、ダンスのリズムに合わせられている。
Solo for Voice 2 (1960)
楽譜の指示書によれば透明フィルムを含む6枚のシートで構成された楽譜には二つの使い方がある。ひとつは母音と子音の組み合わせを、いまひとつは演説や叫び声など多様な表情を伴う声やノイズを扱うことができる。一度の演奏で両方を組み合わせてもよく、時間配分や全体の長さは演奏者に委ねられている。
Winter Music (1957)
楽譜の紙面には五線記譜法による様々な音群が断片的に配置されている。演奏者はこれらの音群を音列的にも和音的にも演奏することができるほか、音群の序列や相互の重なり方、ページの順序(全20ページ)、部分から全体に至る演奏時間についても選択の自由が与えられているため、演奏には無限の展開可能性がある。なおこの曲は故ロバート・ラウシェンバーグとジャスパー・ジョーンズに捧げられている。
Branches (1976)
この曲は植物を素材とした様々な「楽器」による、構造的即興の独奏曲『Child of Tree』の合奏用編曲版である。指定楽器は独立した堅い刺のあるサボテンと大きな木質の豆の莢(ポインシアナ)で、演奏者はこのふたつを含めた10の楽器を独自に用意するが、一般的な楽器の体裁を整えているか否かは問われない。むしろあらゆる植物に接して未知の音響を探ることが望まれているようでもある。なおこの曲が作られた動機は、イギリス滞在中のケージが英国王立植物園の裏に廃棄されていた大量の植物を発見したことにあったという。
Sculptures Musicales (1989)
マルセル・デュシャンが中途放棄した大作『彼女の独身者によって裸にされた花嫁、さえも』(通称《大ガラス》)のための覚書集(通称《グリーン・ボックス》)に含まれているプランのひとつである[音楽彫刻]を、ケージのやり方で具体化したもの。「いくつかの音が異なる点から現れて消えるとき、それは音楽彫刻を形成する」(デュシャン)
Variations IV (1963)
演奏者は透明フィルムに印刷された小さな2つの円と7つの点を演奏会場の平面図の上に落とし、演奏するための場所を確定する。ただし劇場空間の場合、演奏は舞台と客席を除くあらゆる場所で行われる。Variations III と同様、具体的な演奏法や楽器などに関する指定はない。
Swinging (1989)
エリック・サティによる曲集『Sports et Divertissements スポーツと気晴らし』の第一曲「La balançoire ブランコ」に基づく小品。右手を挟んで鍵盤上を左右に往復する左手の動きがブランコの動きを模している。もとより余計なものを何も持たないサティの原曲は、ケージよってさらに要素を剥ぎ取られ、もはや最小限の輪郭を残すのみである。演奏者は左右それぞれの手に対して指定された範囲の音を任意に選ぶことができる。
Root of an Unfocus (1944)
“A Valentine Out of Season (1944)”とほぼ同時期に書かれた、マース・カニングハムの同名のダンスのための平方根リズム構造に基づくプリペアド・ピアノ曲。タイトルもマースによる。
Cartridge Music (1960)
Cartridge/カートリッジとは、かつて電気式蓄音機でSPレコード盤を再生するために使われた、太さ1~2mmほどの鋼針などを装着するフォノグラフ・ピックアップを指す(当時のフォノグラフ・ピックアップは入手困難のため、同様のものを新たに製作した)。演奏者は各自カートリッジに挿入可能なモノ(針金、バネ、小枝、等々)を探し、また透明素材を含む図形楽譜を操作して一度限りの演奏計画を個別に用意する。お互いの演奏計画に対する事前調整は行わない。このため実際の演奏では、それぞれの計画が相互に交錯することで、不測の影響を与え合う。演奏行為にはカートリッジに挿入されたモノへの接触、カートリッジを固定ないし設置している支持体(テーブル、マイク・スタンド等)への接触、音質と音量の変更、さらに挿入されたモノの交換が含まれ、その時間的生起はストップォッチに従う。また音響の付随的要素として、あらゆる電気的ノイズ(フィードバック、ハム等)が認められる。
Solo for Voice 1 (1958)
英語、フランス語、ドイツ語が混在したテクストによる、あらゆる声域のための独唱曲。Concert for Piano and Orchestraの全体または部分などと組み合わせて演奏することもできる。演奏時間は任意。Solo For Voice 2からSong Books(solo for voice 3 - 92)に至るSolo For Voiceシリーズの第一作。
Music for Amplified Toy Pianos (1960)
演奏者は点群、円群、二重円群が印刷された透明フィルムの任意の重なりを、同じく透明フィルムに印刷された縦12×5/横10×10の方眼グリッドと2本の直線を用いて解釈する。指定楽器のトイ・ピアノは電気的に増幅され、1台から5台あるいはそれ以上使うこともできる。またトイ・ピアノからの音(点群)は、様々なかたちで生じさせるノイズ(二重円群)と等価に扱われる。なおスピーカーは聴衆を取り囲むように配置するよう指示されている。
One7 (1990)
晩年に多く作曲されたナンバー・ピースと呼ばれる一連の作品のひとつ。標題にある「One」は演奏者の数を指し、数字の7は何番目に作曲された「One」であるかを意味する。ナンバー・ピースの基本的な書法は、いくつかの音や音群の始まりと終わりに関する緩やかな時間指定=タイム・ブラケットの連続であり、各タイム・ブラケットに収められる内容は、明確に指定されている場合から演奏者に委ねられている場合まで様々である。 『One7』に楽器指定はなく、演奏者は12種類の音を任意に準備しておき、それらを楽譜に指定された番号の順序でタイム・ブラケットの範囲に収まるよう演奏していく。
Inlets (1977)
構造的即興と呼ばれる方法に基づく非器楽曲。三人の演奏者が水を入れた大小四種類の巻貝を傾けていく。内部の螺旋空間を水と空気が移動する際に生じる偶発的な音の交錯が聴かれる。また演奏時間の中程で松毬(まつかさ)の焼ける音と、循環奏法で吹かれる螺貝(ほらがい)の音が重ね合わされる。
Ophelia (1946)
ジーン・アードマンによる同名のダンスのためのピアノ曲。タイトルのOphelia/オフィーリアはシェークスピアの戯曲『ハムレット』における主人公の恋人にして発狂のすえ溺死する悲劇の少女であり、後世の少なからぬ芸術家に創作上の霊感を与えた。ケージは1945年にもジーン・アードマンによるダンスの為に「Daughters of the Lonesome Isle / 孤島の娘たち」を作曲している。
2011年のコンサートのフライヤー

John Cage 100th Anniversary Countdown Event 2011
《集合と要素》

2011年7月30日/富山県立近代美術館 1階企画展示室

主催
富山県立近代美術館
John Cage Countdown Event 実行委員会 (JCCE)

第五回目にあたる2011年のコンサートのテーマは《 集合と要素 》。
ここでは特に〈集合〉と〈要素〉を等しく捉え、聴衆の耳が多様な単位の音の群れから個々の音へと自由にさまよう状況を意識しました。演奏もアコースティックからエレクトロニクスまで、様々な性格と表情の音響を扱いました。

JCCE ( John Cage Countdown Event実行委員会 ) は、富山県立近代美術館開館30周年記念「20世紀美術—冒険と創造の時代」展の関連企画であるコンサートを、富山県出身の美術批評家にしてシュールレアリスト/詩人であった瀧口修造、芸術を放棄した芸術家マルセル・デュシャン、そして沈黙の音楽家ジョン・ケージの三人に捧げます。

Fontana Mix (1958)
本来は磁気テープによる同名の電子/具象音楽を制作するために書かれた図形楽譜でありながら、あらゆる音楽的/演劇的な利用が許されている。この楽譜の利用者は、6種類の自由曲線が印刷された10枚の紙と、透明フィルムに印刷された方眼グリッドならびに一本の直線を無作為に重ね合わせ、その偶然の配置から様々な手掛りを読み取る。
Electronic Music For Piano (1964)
紙にすき込まれたゴミや傷などの欠陥から書き起こされたMusicforPianoの連作に対して、エレクトロニクスの要素を付与するための指示書。体裁はホテルの便箋に手書きされたままの状態を複写印刷したもの。判読は困難で指示内容も曖昧であるため、演奏者の解釈によって結果は多様にならざるを得ない。
Music for Marcel Duchamp (1947) + Toyama 1982 (mesostics)
Music for Marcel Duchamp は、ダダイストとして知られるハンス・リヒターの映画『金で買える夢』(1946)でマルセル・デュシャンが登場する場面のために作曲されたプリペアド・ピアノ曲。 Toyama 1982 は美術批評家/シュールレアリスト/詩人であった瀧口修造(1903–1979)の死に捧げられたメゾスティック(視覚的要素を含む詩の記述形式のひとつ)。今回の演奏では、コンピュータの合成音声によるToyama 1982の朗読を背景としてMusic for Marcel Duchampが演奏される。
Four3 (1991)
4人の演奏者が12本(4人×3本)のレイン・スティックを演奏し、その内の1人はピアノ、他の1人はヴァイオリンもしくは正弦波発振器の演奏を兼任する。それぞれの発する音と無音の時間との交錯が、静謐な音響空間を出現させる。この曲はマース・カニングハムのダンス作品、Beach Birdsのための音楽として作曲された。
2010年のコンサートのフライヤー

John Cage 100th Anniversary Countdown Event 2010
《空間の多様な体験》

2010年11月6日/青山学院アスタジオ B1 ホワイエ・多目的室1&2

企画
John Cage Countdown Event 実行委員会 (JCCE)
青山学院大学 総合文化政策学部 黒石いずみ研究室
助成
財団法人 朝日新聞文化財団
協力
GALLERY360˚,Paul Patrashcu,入江拓也(SETENV),
急な坂スタジオ,武田菜種,糟谷健三(順不同)
第四回目にあたる2010年のコンサートのテーマは《空間の多様な体験》。
音楽と建築には、空間に構造を示すという意味において共通性を感じます。空間とは「建築」の概念を構成する本質のひとつです。我々の関わり方によって様々なかたちで現れ、絶えず新たに生まれるものです。ジョン・ケージは音楽的構造から音を開放することで、時間という空間も自由にしました。
今回は、青山学院アスタジオ B1 ホワイエ・多目的室1&2にて、「音楽」「建築」「都市」をキーワードに、楽曲の構成と演奏によってアスタジオに於ける空間の変貌を導きました。また、新たな試みとして、青山通りにあるギャラリー360°からインターネットによる中継で4’33” (1952)を演奏しました。
33 1/3 (1969)
LPレコード盤とレコードプレーヤー/ターンテーブルによる、指示書のない「開かれた作品」のひとつ。レコード盤の数はおよそ数百枚と厳密ではないが、プレーヤーの数は12台と指定されている(この数は平均律の12音に因むものか)。LPレコードの再生と交換、機器の設定変更など、ここで考えられるすべての展開可能性は、その場にいる全員に委ねられる。
Variations II (1961)
透明素材に印刷された6つの点と5本の線のみから成る図形楽譜、これを個別に切り離して平面状に落下させる。それぞれの点から五本の線(あるいはその延長上)に垂線を引き、その長さを計ることから、演奏者は6つの「組織化された音」に関する手がかりを得る。音それ自体に関する指示はない。演奏の時間と規模に関する制約もない。また音響の生成についても、あらゆる方法を用いることができる。ここで実現される演奏の一部始終は、演奏者による楽譜解釈の純粋な現れである。なおこの演奏は前後の曲と一部重複する。
Two3 (1991)
笙の奏者である宮田まゆみが晩年のケージに委嘱した独奏曲ONE9に、螺貝の並奏を加えたもの。水を湛えた螺貝を静かに傾けて行くと、思いもよらぬところで内部の空気が移動し、繊細かつ多様な音塊が発生する。この音はマイクロフォンで拾われ、スピーカーを介して会場に放たれる。これを地の音として、ONE9の典雅な笙の音が空間に去来する。二つの演奏に相互の関連性はなく、それぞれが独立した演奏である。しかし両者の音は交差しつつも、お互いを遮らず静謐に進行する。
4’33” (1952)
三楽章で構成された沈黙の楽曲。初演時の演奏時間は第一楽章:33秒、第二楽章:2分40秒、第三楽章:1分20秒で、合計4分33秒となる。ただし現在出版されている楽譜では第一楽章から第三楽章まで、すべてTACET(全休)と記されており、時間指定もない。 「4’33”」は沈黙の楽曲としてあまりにも有名である。しかしそのために、公の場での冷静な演奏/聴取が極めて難しい一曲になってしまった。新たな可能性は個人による自分自身のための独奏である。今回はその模様を映像で実況配信する。
2009年のコンサートのフライヤー

John Cage 100th Anniversary Countdown Event 2009
《沈黙と構造》

2009年11月8日/京都芸術センター講堂

企画・主催
John Cage Countdown Event 実行委員会 (JCCE)
共催
京都芸術センター
制作
五十川あき,森真理子
第三回目にあたる2009年のコンサートのテーマは《沈黙と構造》。
「“沈黙”とは意図されない音の集まりである」とジョン・ケージは言います。1950年代初頭以後、彼は音楽という枠の中で様々な沈黙のかたちを探りながら、その視野を音楽の外にも拡げていきました。音楽は“構造”の代名詞でもあります。その象徴とも言えるピアノに対して、ケージはどう取り組んで来たのか。初期/中期/晩年に書かれた三つのピアノ曲を多様な“沈黙”と向かい合わせながら、その間に横たわるものを探ることを試みました。
  • 0’00” (1962)
    part1
    0’00” (1962)
  • Ryoanji (1983), Branches (1976)
    part2
    Ryoanji (1983)
    Branches (1976)
  • Primitive (1942)
    part3
    Primitive (1942)
  • One7 (1990), Piano Duet (1960), One3 (1989), Swinging (1989)
    part4
    One7 (1990)
    Piano Duet (1960)
    One3 (1989)
    Swinging (1989)
  • 「沈黙」の茶会 “I have nothing to say and I’m saying it.”
    「沈黙」の茶会 “I have nothing to say and I’m saying it.”

「沈黙」の茶会 “I have nothing to say and I’m saying it.”

2009年9月26日/京都芸術センター 和室「明倫」

主催
京都芸術センター

「沈黙」の茶会

通算100回目の明倫茶会として催され、席主をJohn Cage Countdown Event実行委員会のニシジマ・アツシ、村井啓哲が務めました。床の間にはニシジマ・アツシの作品「BLUE SONIC」を飾り、村井啓哲が「Sculptures Musicales(音楽彫刻)」を演奏しました。

沈黙とは

ここでの「沈黙」は無音のことではなく「意図されない音の集まり」を意味します。これは作曲家ジョン・ケージ(1912-1992)による定義です。彼は「沈黙」を起点として新しい音楽をつくり出しただけではなく、それを政治や社会の問題にまで拡張して考え、様々な発言や提案を残しました。
ケージをこのような考えに導いたのは、外からの音を完全に遮断した無音室の中での体験でした。彼はそこで二つの音を聴いたのです。ひとつは高い音、もうひとつは低い音です。部屋を出て技師にそのことを伝えると、明確な答えが返って来ました。高い方はあなたの神経が働く音、低い方は血液が循環する音だと。生きている者は決して音から離れられないのです。
沈黙すなわち「意図されない音の集まり」とは、自己を含めて不断に進行する世界の様相であるとも言えるでしょう。環境はいつも多様な音に満ちています。それは世界が絶えず変化し続けているということの知らせでもあります。

ジョン・ケージ「Sculptures Musicales(音楽彫刻)」1989

ニシジマ・アツシ「BLUE SONIC – The poetry reading of light」1992

ジョン・ケージ「Sculptures Musicales(音楽彫刻)」1989
この楽曲は、彼が敬愛したフランスの(非)芸術家マルセル・デュシャンが書いた、ひとつのメモに基づく作品です。
“Sounds lasting and leaving from different points and forming a sounding sculpture which lasts” (Marcel Duchamp)
この音による「彫刻」は、少なくとも三つの持続音が突然鳴り響くことで空間に姿を現し、消えて行きます。このような「彫刻」の数々を際立たせるかたちで、「沈黙」が挟まれます。あるいは「彫刻」が「沈黙」を際立たせると言うべきでしょうか。いずれにせよ「彫刻」と「沈黙」は平等な関係にあります。
この状況にしばらく身を置いていると、「彫刻」の中にも「沈黙」があり、「沈黙」の中にも「彫刻」があるという感覚にとらわれることがあります。さらに「彫刻」は「沈黙」のもう一つのかたちなのではないか、と感じることもあります。我々はこの作品を通して、ひとつの対象が環境に移行していく過程を体験する、とも思われるのです。
ニシジマ・アツシ「BLUE SONIC – The poetry reading of light」1992
直管の蛍光灯には詩の朗読の“間・声のトーン・質・音量”などの要素が光として反映されています。一方、円形の蛍光灯には“音楽や様々な音”が光として反映されています。繰り返す閃光と光の縞模様が、無音のポエトリーリーディングとして、不思議な光の時間をもたらします。
今回は、直管の蛍光灯には、ジョン・ケージのテキスト“Diary”(本人による朗読)を音源として用いています。また円形の蛍光管にはホワイトノイズを使用しています。
2008年のコンサートのフライヤー

John Cage 100th Anniversary Countdown Event 2008
《内と外》あるいは《領域と環境》

2008年11月29日/京都芸術劇場 春秋座(京都造形芸術大学内)
(京都造形芸術大学 舞台芸術研究センター 現代音楽シリーズIII)

演奏協力
岸本昌也、瀧このみ、田渕早穂、福留敏晃、前田陽子、山田晃嗣、吉成詩帆 他
企画・主催
John Cage Countdown Event 実行委員会 (JCCE)
京都造形芸術大学 舞台芸術研究センター
助成
社団法人 私的録音補償金管理協会(sarah)
協力
prinz
制作
五十川あき,森真理子
第二回目にあたる2008年のコンサートのテーマは《内と外》あるいは《領域と環境》。
京都芸術劇場春秋座で行われ、劇場の舞台のみならず、その裏側やロビーなどでも演奏を展開しました。また、演奏者が書き込みを加えたオリジナルの楽譜はロビーにて展示し、演奏者はそれらの楽譜のコピーを参照し演奏しました。
  • Rozart Mix (1965), Variations III (1962)
    part1
    Rozart Mix (1965)
    Variations III (1962)
  • Inlets (1977)
    part2
    Inlets (1977)
  • Variations IV (1963), Winter Music (1957), One6 (1990), Solo for Voice 2 (1960), Sculptures Musicales (1989)
    part3
    Variations IV (1963)
    Winter Music (1957)
    One6 (1990)
    Solo for Voice 2 (1960)
    Sculptures Musicales (1989)
  • Suite for Toy Piano (1948)
    part4
    Suite for Toy Piano (1948)
2007年のコンサートのフライヤー

John Cage 100th Anniversary Countdown Event 2007
《相互浸透》

2007年11月10日/国立国際美術館B1階講堂

企画・主催
John Cage Countdown Event 実行委員会 (JCCE)
特別協力
国立国際美術館

第一回目にあたる2007年のコンサートのテーマは《相互浸透》。
全体で90曲からなる曲集「Song Books / solo for Voice 3 - 92」(1970)を演奏しました。各曲は「SONG/歌」、「THEATRE/演劇」、「SONG WITH ELECTRONICS / エレクトロニクスを伴う歌」、「THEATRE WITH ELECTRONICS /エレクトロニクスを伴う演劇」という四つのカテゴリーに分類されます。さらに「エリック・サティとヘンリー・ディヴィッド・ソローを結びつける」という主題に対して「RELEVANT / 関連あり」の曲と「IRRELEVANT / 関連なし」の曲があります。「関連なし」の曲はマルセル・デュシャン、R・B・フラー、マーシャル・マクルーハン、N・O・ブラウンなどに関連するものを含みます。楽譜の記譜法は五線記譜、図形譜から言葉による指示書など、可能性の限りが尽くされています。演奏者は、それぞれに演奏曲を選んで構成し、同一空間で演奏しました。

Song Books / solo for Voice 3–92 (1970)
全体で90曲からなる大部の曲集(副題は“SOLO FOR VOICE 3-92”)。各曲は
「SONG/歌」
「THEATRE/演劇」
「SONG WITH ELECTRONICS/エレクトロニクスを伴う歌」
「THEATRE WITH ELECTRONICS/エレクトロニクスを伴う演劇」
という四つのカテゴリーに分類される。
さらに「エリック・サティとヘンリー・ディヴィッド・ソローを結びつける」という主題に対して「RELEVANT/関連あり」の曲と「IRRELEVANT/関連なし」の曲がある。「関連なし」の曲はジェイムズ・ジョイス、マルセル・デュシャン、R・B・フラー、マーシャル・マクルーハン、N・O・ブラウンなどに関連するものを含む。楽譜の記譜法もまた五線記譜、図形譜から言葉による指示書など、可能性の限りを尽くしている。演奏を複数で行う場合は、それぞれ個別に自分自身の演奏曲を選び出し、構成し、同一空間で演奏する。曲集全体に流れる思想は非暴力のアナーキズムあるいは実際的アナーキズム、互いに異なる複数の存在がいかなる支配も受けず共存することの肯定、相互浸透であって、演奏はそのささやかな成就となる。
ジョン・ケージのポートレート

Photo: Marion Kalter. All Rights Reserved.

John Cage (作曲家・1912.09.05 – 1992.08.12)

アメリカ、ロサンゼルス生れ。ポモナ・カレッジを中退してパリへ遊学後、作曲家になることを決意する。アーノルド・シェーンベルク他に師事しつつ、最初期から独自の作曲法を探求する。また「あらゆる音」への関心から、様々な非楽器を取り入れた打楽器オーケストラの結成、それに匹敵する多彩な音響を一台のグランド・ピアノで実現するプリペアド・ピアノの開発、電子音響の積極的導入などを進める。

東洋思想への関心を深める中で、組織化されていない音に満たされた時空間を指す「沈黙」という独自の概念を発見。1950年に偶然性の全面的導入によるピアノ曲『易の音楽』、1952年には無音の楽曲『4分33秒』を発表。以後、チャンス・オペレーション、不確定性、図形楽譜、ライブ・エレクトロニクス、ミュージサーカス、等々、「沈黙」を起点とする様々な概念、方法、形式を提示。

またそれらの手法を音楽のみならず版画、詩作、著述、講演から展覧会の展示構成にまで応用展開した。舞踊家マース・カニングハム(1919 – 2009)との「共存的」共同作業からも多くの傑作が生まれている。

John Cage Countdown Event 実行委員会

代表
  • ニシジマ・アツシ(サウンドアーティスト)
アドバイザー
  • 細川周平(音楽学者,国際日本文化研究センター 教授)
主なメンバー(五十音順)
  • 五十川あき(グラフィックデザイナー)
  • 稲垣貴士(メディアアーティスト,大阪成蹊大学 芸術学部情報デザイン学科 准教授)
  • 林口哲也(写真家)
  • 松村康平(映画作家)
  • 村井啓哲(サウンドアーティスト)
  • 森真理子(舞台芸術・企画制作)
稲垣貴士
九州芸術工科大学音響設計学科卒業。修士課程で松本俊夫ゼミに在籍し、映像表現を学ぶ。在学中より松本俊夫、伊藤高志らの映像作品のサウンドを手がけ、自らも映像作品を制作。2004年に大阪成蹊大学芸術学部にて、図形楽譜等の展示、レクチャー、ワークショップ、コンサートで構成した「ジョン・ケージ」展を企画・開催。
Gak Sato
音楽家。’96年にイタリアへ移住。’99年より10年に渡りRight Tempo Recordsのディレクター、アーティストとして活動。3枚のオリジナルアルバム、’70年代のイタリアンシネジャズを発掘し数多くのリイシューやコンピレーション、リミックスを手がける。‘06年、Furniture Musicシリーズをリリース。サティの提唱した“家具の音楽”を独自の解釈で展開した作品が注目されている。近年はサウンドアートの分野やテルミン演奏家としても活動中。
www.gaksato.com
重森三果
江戸浄瑠璃の演奏活動とともに、和楽アーティスト・重森三果として、映画やTV作品での指導、出演、作曲等のほか、自らの手による脚本の三味線の弾き語りという形での新作上演や、様々なジャンルとのコラボレーションを行う。江戸浄瑠璃新内節を研進派初代家元・新内志賀大掾、宗家・富士松菊三郎に師事。小唄を里園志寿華に師事。2012 年三代目研進派家元および八代目新内志賀を襲名。
www.k5.dion.ne.jp/~mika-s/
竹村延和
アーティスト/作曲家。中学生の頃からキーボードとテープレコーダーを用いた音楽制作を開始する。様々なバンドやグループへの参加を経て’93年よりソロ活動。これまで十数枚のアルバムを製作、全米ツアー、欧州のアートフェスに多数招かれている。’99年より映像を用いたライヴパフォーマンス、図形楽譜を用いた演奏。また音を超えてアニメーション、インスタレーション、絵画や版画制作も自ら行っている。
ニシジマ・アツシ
‘80年代半ばよりライブ・エレクトロニック・ミュージックによる演奏を始める。その後、サウンド・オブジェやインスタレーションなどの制作も始め、Citycircus-Rolywholyover A Circus - JohnCage (New Museum of Contemporary Art, NewYork, 1994) に出展するなど、現在も国内外の展覧会やイベントに多数参加し、“音”が持つ様々な側面から発想した作品制作・演奏を行っている。
atsushi-nishijima.com
Haco
作詩作曲家、歌手、エレクトロニクス奏者、プロデューサー。’80年代に音響芸術を学び、After Dinnerを結成すると共に作品が国際的に評価される。近年、声と電子楽器による演奏に加え、音響装置を用いた独自のパフォーマンスを展開。これまでにソロやHoahio等のCD発売、海外のフェスティバル出演も多数。ダンス作品とのコラボレーションなど鋭い感性で活動範囲を広げている。
www.hacohaco.net
村井啓哲
’90年代初期、P3 art andenvironmentでサウンド・インスタレーションと実験音楽、フリー・ミュージックに関する企画を担当した後、自身の活動を開始。音楽、美術などのジャンルを横断した作品を展開すると共に、ジョン・ケージの図形譜による非楽曲、フルクサスのアーティストによるイべント作品などの演奏/パフォーミングも行っている。
www.keitetsu.com
森本誠士
国立音楽大学在籍時の’93年よりジョン・ケージのエレクトロニクス作品の演奏、自らのサウンドパフォーマンス、インスタレーション作品の発表を開始。’03年、ベルリンに移住。以降、ヨーロッパ各地の展覧会、フェスティバル等に出品/出演。近年はドイツ国内外の音楽家とのコラボレーションも多数。作品を通して、テクノロジーと物質、身体との間に起きる不確定な音や光の現象、またそれに伴う知覚について考え続けている。
www.seijimorimoto.com
森本ゆり
ピアニスト。大阪音楽大学作曲専攻卒業後に渡仏、クロード・エルフェ氏に師事。“CentreAcanthes” (1996)選抜演奏会でのクセナキス作品の演奏は作曲家より高い評価を受ける。仏レ・ザルク、ヴィルクローズ音楽アカデミー“20世紀のピアノ音楽”レジダント(1997)。国内外の作曲家から委嘱を受け、広く活動している。現代音楽アンサンブルNext Mushroom Promotion (サントリー音楽財団佐治敬三賞・2005)、Ensemble Kujoyama各メンバー。
有馬純寿
1965年生まれ。エレクトロニクスやコンピュータを用いた音響表現を中心に、現代音楽、即興演奏などジャンルを横断する活動を展開。自作のライヴ・パフォーマンスのほか、室内アンサンブルのメンバーやソリストとしてこれまでにライヒ、ブーレーズ、ファーニホウ、ミュライユ、湯浅譲二、一柳慧など多くの作曲家の作品の音響技術や演奏を手がけ高い評価を得ている。2007年にはケージ《Europera 5》の音響を担当した。現在、帝塚山学院大学准教授。
40nen.jp/arima/
佐藤実
アーティスト。1989年より“m/s”名義で活動をはじめる。1994年-2006年レーベル「WrK」を運営。世界の成り立ちとその記述という観点から、物理現象と概念に焦点を当てたインスタレーション、パフォーマンス、執筆などの活動を行っている。また学芸員として展覧会、アートイベントの企画も行う。[主な展覧会歴]2010 ARTeSONoro, Spain / 2008 Happy New Ears, Belgium / 2008 Transmediale, Berlin / 2002 BEELDEN BUITEN/ FRACTALS, Belgium / 2001 Between sound and vision,Chicago / 2000 Sound Art Sound as Media, ICC Tokyo / 1997 Ear as Eye, Los Angeles / 1991 SoundCulture, Sydney [主な出版・CD] LP, with ASUNA “One as Two” (senufo editions,2010) / CD, with ASUNA “Texture in glass tubes and reed organ” (Spekk,2007) / CD, with Ami Yoshida “COMPOSITION for voice performer 1997,2007” (aotoao,2007) / CD, “NRF Amplification” (ms-wrok,2007) / BOOK+CD, “Social Music” (USA,2002) / Book+DVD-ROM, “Amplitude of Chance” (Japan, 2001) / BOOK+CD, “Site of Sound” (USA,1999)
www.ms-wrk.com
三浦礼美
国立音楽大学音楽学学科卒。笙を宮田まゆみ、豊英秋各氏に、雅楽合奏を芝祐靖氏に師事。武満徹『秋庭歌一具』の演奏をきっかけに雅楽の道に進み、現在雅楽演奏グループ「伶楽舎」の一員として活動している。その中で2001年5月、『秋庭歌一具』を演奏したサントリーホールでの自主演奏会が評価され、2002年2月、中島健蔵音楽賞特別賞を受賞、同時に録音したCD『秋庭歌一具』(ソニークラシカル)は平成14年度芸術祭レコード部門優秀賞受賞。また、平成15年度の芸術祭大賞に選ばれた「薬師寺最勝会復興上演」の新作(猿谷紀郎曲)の初演を担当。その他、国立劇場など国内での演奏活動のほかアメリカ、ヨーロッパ各方面の音楽祭などにも参加している。解説を交えた親しみやすいコンサートを企画したり、小中高校生を対象としたワークショップなどを行い雅楽への理解と普及にも努める。ムサシノ雅楽教室笙講師。
美川俊治
会社員。ではあるが、大学在学中から、日本最古のノイズバンド「非常階段」のメンバーとして、また、同時並行で、同じくノイズユニット「インキャパシタンツ」のヘッドとして活動を継続。数多くの作品をリリースし続け、また、積極的にライヴ活動も行っている。内外でそれなりの評価を得ている模様。
www.japanoise.net/mikawa.htm
宮嶋哉行
1962年名古屋生まれ。バイオリンやカリンバなどを使い即興演奏をする。1999年『this=misa×saikou』を結成、2000年にはその音楽生活を追ったドキュメンタリー映画『風にきく』がスイス在住の茂木綾子監督によって制作され、ニヨンの映画祭で特別賞を受賞する。現在はソロ中心に活動。
blogs.yahoo.co.jp/rasaikou
深川和美
京都市立芸術大学音楽学部声楽専修卒業後、フランスへ留学。大学時代よりエリック・サティに興味を持ち始め、画家、ダンサーなど様々なジャンルのアーティスト達とコラボレーションを行う。’95年の阪神・淡路大震災より日本文化を見つめ直し、武満徹、中原中也など日本の作品を歌うようになる。’94年フランス総領事賞、’99年神戸市文化奨励賞受賞。’93年関西二期会に入り’03年退会。
www.kazumi.info
前林明次
身体と環境の接点としての音や聴覚に焦点をあて、「体験」のためのインスタレーション作品を発表している。主な作品に「Audible Distance」、「Sonic Interface」、「[I/O] distant place」など。またサウンドシステムを介し、パフォーマー/ダンサーとの実験的な公演にも関わっている。現在、情報科学芸術大学院大学(IAMAS)スタジオ1准教授。
www2.gol.com/users/m8/